台所にうじ虫が沸いた話

「ホアーッッッ!!!!」

 

半裸青年男性の素っ頓狂な叫び声が、フライパンからこぼれ落ちた野菜くずの散らばるキッチンにこだました。無数の白いうねうねがスポンジ置き場で舞踏会を開いていた。午前四時半のことであった。

 

上原家のキッチンは汚かった。数か月掃除らしい掃除をした覚えなどなく、シンクにはヘドロが張り付き、コバエが見えるだけで少なくとも三匹は常駐するワンダーランドであった。少し前に黒くて速いアレが沸いたのでヘドロは一掃したものの、コバエは未だ健在で、三角コーナーのあたりをコソコソと右往左往していた。

 

それだけならば耐えられた。Blackなアイツは道民の上原にはさほどMatterではなかったし、なにより上原の衛生観念というものはガバのガーバァであった。しかし、台所で狂喜乱舞するWhiteな連中には、さすがの上原も戦慄せざるを得なかった。

ここにきてようやく、上原は掃除的正しさを行使しなければならないと決心した。

 

文字通り夜の街に繰り出した上原は、洗剤とゴム手袋、スポンジを購入して帰宅した。帰宅してもなお、クラブハウスさながらの連中は濃厚接触を続けていた。

コンロ周辺、蛇口回り、壁。いつ落ちたのか見当もつかぬ玉ねぎの破片、不明な黒い物体、なんかぬめってるやつ……どこにUZIを構えた伏兵が潜んでいるのかわからない恐怖。

一か所ずつ丁寧に汚れをこそぎ取り、最後にスポンジでクラスターを一網打尽。そのままGoToゴミ袋、即ゴミ出し。オーバーシュートは回避された。

 

キッチンは元の銀色の輝きを取り戻した。これにて一件落着……いや、本当にそうだろうか? キッチン同様、何か月も手を付けていない領域は上原家にたくさんある。ベッドの下、トイレの裏、テレビ台の横……少し前に見たハサミムシはどこから沸いた?最近チョウバエをよく見かける気がするぞ。いつの間にか蚊が入ってきたことがあったのはなぜだ?

ここで上原は思考を停止した。少なくとも、考えることをやめているうちは精神に安寧が訪れるのだ。そもそも、これまで認知していなくてもうまくいっていたものを、わざわざ認知する必要があるのだろうか。かくして上原はADHD的発想にて問題を未来に発送したのち、インターネットの海に沈んでいった。

 

虫の出所は誰も知らない。